【中津川宿紹介】中津川宿「十八屋山十」



◆中津川宿「十八屋山十間武右衛門家」

 江戸中期に園田大学が建てたと伝えられており、上がり框や天井の梁などは当時のままです。

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 今の御菓子処「川上屋」の南隣が、江戸中期に建てられたと伝えられている十八屋山十間家です。屋号を十八屋といい、中津川宿の豪商間杢右衛門の分家、間武右衛門が移り住んで旅籠を営んでいました。当時の記録によりますと、旅籠は誰でもができるわけではなく、人や物を運ぶ伝馬役などの宿役人しか営むことが出来ませんでした。

 元治元年(西暦1864年)11月水戸天狗党が中津川宿通過のとき、和田峠の戦いで負傷した若い武士を、平田門人であった間武右衛門が、自分の家の隠し部屋かくまって、手当てをしてあげました。その武士は亡くなってしまわれました。家にはその若き武士の遺品が今もなお残されているとのことです。

 旅籠には、普段は旅人が宿泊する旅館ですが、大名などの大勢が通行されるときは、本陣や脇本陣も人でいっぱいになってしまします。その時は、旅籠にもお供の人たちが泊まりました。

 皇女和宮の下向のときは、京都方のお供が泊まっており、その時の記録には、この家の間取りが細かくきされています。

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掲載(最終更新 : 2020年11月21日)

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