【中津川宿紹介】渋沢栄一と中津川宿



◆渋沢栄一と中津川宿

 中津川宿の先人たちは、近代産業こそ今後の発展の要だと信じ、中央製紙設立に取り組みました。粘り強い努力と、渋沢栄一先生らの応援により、中央線開通後の明治39年に設立され、100年以上後の今日まで中津川の基幹産業の一つとなっています。

 上の写真は明治40年代に渋沢栄一先生もしくはその関係者一行が中津川宿に来訪されたとき渋沢篤二氏の撮影された写真です。場所は、中津川新町旧近又旅館の前の中山道です。

◆明治20年代

 江戸末期まで栄えた中津川の宿場町も衰退がはじまりました。そこで、産業を起こし町を豊かにする対策として、中津川から木曾につづく森林と河を利用し、製紙業を起こし町民の仕事を増やそうという案がでました。しかし、当時は鉄道もなく計画は難航、そこで、漢詩人で近代産業の第一人者である渋沢栄一先生に指導を請うことに決めました。

 明治20年代、中津川宿の有力者、町長の市岡正香、菅井蠖、間鷲郎たちが東京飛鳥山の渋沢栄一邸を訪問して製紙会社の中津川誘致を願い出ました。

◆明治32年6月 IMG_1575.png

 製紙会社の起業は諸事情により難航し、進行を断念しなければならない状況になり、その事情を詳細に渋沢栄一先生に報告し再度指導を請うことになりました。 

 明治32年6月上旬、渋沢栄一先生から菅井蠖、間和鷲郎宛にその返事の書簡が届きました。

◆明治39年10月     

 明治39年10月、名古屋商工会議所にて中央製紙株式会社の創立総会が開催されました。相談役に渋沢栄一先生、取締役の一人に菅井蠖、監査役の一人に間鷲郎が就任しました。

◆明治43年4月13日晴 軽寒 無題.pngIMG_1546.png

 中津川にて、中央製紙株式会社の起業において渋沢栄一先生への感謝状贈呈式が行われました。 

 菅井蠖氏が、揮毫をお願いし後に漢詩掛け軸が届けられました。



掲載(最終更新 : 2020年10月31日)

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