【中津川宿紹介】桂小五郎と中津川宿



◆「やけやま」と桂小五郎やけやま.png

 中津川宿には、長州藩の桂小五郎が身を隠していたと伝えられている家があります。そこが、料亭「やけやま」のあったところといわれています。写真は料亭「やけやま」のあったところの現在の写真です。

◆長州藩中津川会談やけやま 桂小五郎.png

 文久2年(西暦1862年)6月、京都から長州藩の桂小五郎が中津川宿にやってきました。長州藩は、幕府の開国を支持していましたが、朝廷が支持する破約攘夷(外国と結んだ条約を破棄して、今まで通り外国とは通商しないで鎖国をする)へと藩の考えを変えさせるために、江戸から上京してくる長州藩主毛利慶親を待っていたのです。

 毛利慶親が中津川宿に到着後、会談は3日間行われました。桂をはじめ、志道聞多(のちの井上馨)、福原越後、世良孫槌ら、長州藩の重臣たちが3日間かけて慶親を説き伏せた結果、慶親は朝廷方へ味方しようと心を決め京都に向かったのです。この場を設定したのは、中津川宿の宿場役人をしていた、市岡殷政と間秀矩でした。

 



掲載(最終更新 : 2020年11月 3日)

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