【資料紹介】道中奉行御条目



◆道中奉行御条目について

 この御条目は正徳2(1712)年3月に道中奉行より出されたものです。街道宿駅制の整備を進めていた幕府は、それまでに出した法規を集大成した「道中筋条目」(道中諸法度)を発令しました。

 公家・大名・旗本・在番衆(大坂城や二条城の城番)・町奉行・遠国奉行などに出されたもので、街道筋で見られた各種不法行為を取り締まるものでした。

 この時、五街道などの宿駅・助郷(宿駅の不足人馬を分担する近隣の村々)に対し、本条目にもう1通の添条目を追加して御触れが出されました。旅人に非礼を為すことや旅籠銭を余分にとること、助郷をみだりに割り当てることなどを禁ずる内容で、ここでは約300年前に中津川宿にもたらされた本条目と添条目を展示しています。

◆御条目の内容

「道中奉行 定」(本条目)

 五街道の宿駅」へ宛てた本条目11か条で、全長4.68mに及びます。添人馬利用(定められた数以上の人馬を徴発すること)や賃金の不払い、日雇い人足の非分、三度飛脚(江戸・大坂間を月3度往復する飛脚)や町人請負荷物での過貫目の禁止をはじめとして各種不法行為が行われることを取り締まり、違反があれば道中奉行へ訴え出るように申し渡しています。

「道中奉行 御条目」(添条目)

 上記展示文書の「道中奉行 定」と同時に出された添条目5か条です。五街道の宿駅や助郷の村々に対し、御条目をよく守り、旅人に非礼を為すことや旅籠銭を余分にとることを禁じ、また助郷に余分な負担をさせることのないように戒めています。

◆道中奉行とは

 「道中奉行」は万治二(1659)年に大目付の兼帯(兼任)として始まり、元禄十一(1698)年に勘定奉行の1名が加役(兼任)となり、2名体制として幕末まで続きました。五街道とその付属街道宿駅の伝馬宿泊、飛脚などの取り締まり、宿場の公事訴訟、道路や橋の修復や並木管理、助郷など道中に関する一切をつかさどりました。

 また、この御条目が出された頃、与力や同心が配下に加えられ、体制強化が図られました。



掲載(最終更新 : 2020年10月23日)

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