【資料紹介】和歌日記



◆和歌日記 間秀矩著(47×63㎝ 個人蔵)

やまはん間家の間秀矩は、京都をはじめ江戸等へ商用等で旅をする際は、必ずきめ細かな道中日記を認めました。馬籠出身で日本が誇る文豪島崎藤村は、間秀矩が明治2年に所用のため東京へ出向いたときに書いた「東行日記」2冊を借用し、その中の記述に基づいて大作『夜明け前』の第二部第6章と第11章の2場面に主人公青山半蔵や東京にいる国学者仲間の動向を生き生きと描き出しました。

(※島崎藤村がこの「東行日記」を借用した時の礼状は、博物館だより恵那山2019 Vol.20, №4にて紹介しました。)

写真は間秀矩が信州下伊那の伴野村に住んでいる松尾多勢子宅を訪問した際に認めた日記の一部です。残念ながら年代は不明ですが、幕末某年5月20日に中津川を出立し、清内路の原正文を訪ねた後松尾多勢子宅に宿泊しながら和歌を詠みあいました。帰路は大平峠を越えて5月28日に中津川の自宅に帰るまでの旅日記です。画面右5行目に《朝ゆふに 馴持にし 敷くわらハ 君に扇の 風もふかなむ と扇に書てさしおく同じ日信濃松尾にやとる 廿五六日たちいてんとするにたせこ 

たちわかれ けふはゆくとも またこへよ へたてもなミの 天の中川

とよめるかへし 》とあります。

ちなみに松尾多勢子の長女まさは中津川宿本陣の市岡家に嫁ぎ、二女のつがは中津川庄屋の肥田家に嫁ぎました。そして、多勢子の孫のすゑは間秀矩の孫と明治26年に結婚することになります。



掲載(最終更新 : 2020年10月23日)

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