【資料紹介】江戸時代後期に流行った日本地図



◆改正日本輿地路程全図(個人蔵)

 「改正(かいせい)日本輿地(にほんよち)路程(ろてい)全図(ぜんず)」は江戸時代後期に流通した日本地図です。最初に「日本輿地程全図」が安永3(1774)年に刊行されました。修正を加えて安永8(1779)年に「改正輿地路程全図」初版本が刊行され、それ以降何回も増版されてきました。著者は長久保(ながくぼ)赤水(せきすい)という江戸時代の水戸藩士の地理学者です。長久保赤水は農民の出身ですが、漢学・儒学・漢詩文・天文地理学を学び、水戸藩主の徳川治保(とくがわはるもり)に藩士としてとり立てられ藩政改革にも尽くした人物です。特に地理学を好み、この地図には日本全国の道路・海路の里程と国郡・城・名所・寺社・関所などを記載し、緯度経度も引かれた地図で多色刷りとなっています。緯度経度を用いた日本地図を書いたのは、長久保赤水が初めてです。この地図は、一寸(3cm)十五里(60km)の尺度で書かれています。こちらも増版されたものの一つですが、刊行年は記載がありません。緯度経度の線が直角に引かれ、30度から42度までの記載があります。上下に三ケ所解説文がついており、序文、国名や名所や国の形や寒暖差を書いたもの、潮の満ち引きについて詳しく書いたものがあります。解説文には、「夫日本は北極より出地三十一度より四十二度、従って陸奥南部より九州薩摩肥前の緯度に至る相去ること十二度なり。寒暑厚薄推して知るべきなり。その地形曲して龍蛇の蟠をまくが如し。」と日本についての詳しい記載があります。



掲載(最終更新 : 2020年10月23日)

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