【資料紹介】大名行列と本陣・脇本陣・問屋



大名が、江戸と国元を1年ごとに往復する制度が参勤交代です。大名が通行する街道、通行する月は、幕府から指定されていました。各大名が同時に通行しては、街道が混雑するし、宿場の負担も大きいからです。

大名が本陣入りする前には、まず先触れが来ました。何月何日に中津川宿に来るという知らせです。それから宿割り役人が視察に来て、本陣、脇本陣には何人、家臣たちがどの旅籠屋に何人入るのかを割り振ります。また本陣を点検して、修繕が必要なところがあれば、その箇所を直させました。本陣は宿場の絵図面と請書を宿割り役人に差し出しました。

宿場には本陣・脇本陣・問屋場が置かれていました。本陣には大名、公家、幕府役人などが休泊し、脇本陣にはその行列の中で、次の位の人が休泊しました。問屋の仕事は次の宿場まで人や物を運ぶことで、これを「継立」と言いました。中津川宿では本陣と脇本陣に置かれ、それぞれ15日ごとに交代しました。中津川宿の場合、問屋場にはいつも50人50疋の人馬を置いておくことが道中奉行から義務づけられていました。

大名などの本陣入りは、御小休、御昼、宿泊の3種類がありました。御小休とは午前9時ころに本陣に入り、軽い食事をとりました。出立は明け六つ(午前6時)と決まっていましたので、御小休が必要となるのです。御昼は昼食をとることですが、御膳が出され、玄関に幕が張られました。本陣・脇本陣の中で、大名などが宿泊するところを上段の間といい、奥まったところにあり、庭につながる部屋でした。

加州様御上国御下宿割帳

加州様御上国御下宿割帳
(個人蔵)



掲載(最終更新 : 2017年6月27日)

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